吉川和夫の月例美術展

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( 6月度の植物画 )

沖縄県のシンボル花=デイゴの花を描く



( 画用紙 水彩 6号 410x318mm )

写真は沖縄の「デイゴの花」です。


エピソード
デイゴの花が沖縄県の県花として、圧倒的な県民の支持できまりました。 「各県にそれぞれ県花があるのに、沖縄だけ代表する花が決まっていないのはイベントなどで不便」ということから、1965年「沖縄タイムス」と緑化推進協議会の呼びかけで県民投票が行われました。当時はまだ復帰前、「沖縄県」はなかったのです。

呼びかけに7万5千653通もの応募があり、その結果、6万6千252票がデイゴ。次点ブッソウゲ4千276票、テッポウユリ1千848票と、デイゴは圧倒的多数の県民から支持された花でした。

この結果は本土の新聞、ラジオでも報道され、デイゴは沖縄の花として一躍有名になります。ところが県花県木は本来、県民投票を踏まえながら「森林審議会」の選定し、最終的に国が認めるという形で選ばれるものでした。それを待たず、いち早くデイゴは県花として県内外で認められていたのです。

1966年12月20日に県花県木を選定する審議会が開催。「事後承諾で申し訳ないが、すっかりデイゴは県花として通っています。この会議で認められたら名実ともに正式に県花になるのです」という担当者から説明も議事録に残っています。

審議会会長船越尚人氏はじめ委員たちにも異論はなく、「花といい木といい、数ある郷土の花の中でも沖縄を代表する花として最もふさわしい。正式に審議会でデイゴを県花に認める」と全員一致、ここでようやくデイゴは正式に県花となったのでした。





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( 5月度の植物画 )

鹿児島県のシンボル花=ミヤマキリシマの花を描く


( 画用紙 水彩 6号 410x318mm )

写真は鹿児島県の「ミヤマキリシマの花」です。


ミヤマキリシマ(深山霧島、学名: Rhododendron kiusianum)は、ツツジの一種。
九州各地の高山に自生する。鹿児島県の県花である。(昭和29年指定)

名称
1866年には坂本龍馬が新婚旅行で霧島を訪れた際、姉に宛てた手紙の中で「きり島つゝじが一面にはへて実つくり立し如くきれいなり」と書いている。1909年には同じく霧島へ新婚旅行に訪れた植物学者・牧野富太郎が発見し、「深い山に咲くツツジ」という意味で「ミヤマキリシマ」と命名した。『三国名勝図会』で、高原の物産の花卉類の項目に、映山紅が「霧島山中特に多し。叢をなすこと甚廣し。花さける時は、満山錦のごとし。」と記載されているが、これがミヤマキリシマのことである。

分布・生育地
和名に冠された霧島山・えびの高原のほか、阿蘇山、九重山、雲仙岳、鶴見岳など九州各地の高山に分布する。ミヤマキリシマは、火山活動により生態系が撹乱された山肌で優占種として生存できる。逆に、火山活動が終息して植物の遷移により森林化が進むと、優占種として生存できなくなる。





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( 4月度の植物画 )

宮﨑県のシンボル花=はまゆうの花を描く

( 画用紙 水彩 6号 410x318mm )

写真は宮崎県の「はまゆうの花」です。


ハマユウ(浜木綿、学名: Crinum asiaticum)は、ヒガンバナ科の多年草。(クロンキスト体系ではユリ科)。花の様子は、コウゾなどの樹皮を細く裂いて作った繊維から作った布と似ており、神道神事で用いられる白い布をゆう(ゆふ)と呼ぶ。別名のハマオモトは、肉厚で長い葉がオモト(万年青)に似ることから。
水はけが良く日あたりの良い場所を好み、主に温暖な海浜で見られる(海浜植物)。道ばたや公園、庭に植えられることもある。日本に自生するのは亜種 C. a. var. japonicum (Baker)。宮崎県の県花となっている。

宮崎には、亜熱帯性の植物がたくさん自生していますが、とくに青島や日南海岸などで美しい姿をみせているのがはまゆうです。
ふつう6月から9月頃まで、重なりあったみどりの葉の中央から、白い大きな花をつけてよいかおりをはなち、南国的ふんいきをかもしだしてくれます。
昭和38年が、明治16年に宮崎県が再置されてから80年になることから、置県80周年を記念して、「郷土の花」を公募した結果、「はまゆう」に決まりました。
(昭和39年12月22日制定)




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( 3月度の植物画 )

★ 大分県のシンボル花「豊後梅の花」を描く ★


( 画用紙 水彩 6号 410x318mm )

写真は大分県の「豊後梅の花」です。


県花・県木になった理由
豊後梅は、NHKが第29回放送記念日に"郷土の花"として選定(昭和29年4月1日)、その後大分国体実行委員会において県の花として国体マークに使用し、以後県花として認められています。

豊後梅の歴史
 豊後梅は、その名の示すように豊後(大分県)に発祥し、古くから豊後の名産として知られていました。  徳川初期の1681年に出た水野元勝の「花壇綱目」にその名が見られ、当時から相当広く世に知られていたと考えられます。  また、豊後杵築藩主松平家から毎年将軍家に大梅の砂糖漬が献上されており、その美味なことと、果実の大きいこと、更に花の優美なことで非常に珍重されました。

豊後梅の特性
 豊後梅は他の梅と異なる次のような特性をもっています。

イ、豊後梅はウメの一変種であって、一般に大型の果実をつける、いわゆる「大梅」の一種として知られています。

ロ、開花期は普通の梅より20日ないし30日遅く、おおむね3月の上旬から中旬にかけ、八重咲き(重弁)のみごとな花をさかせ、大輪で淡紅色をおびています。その花は清そでかつ優美であり観賞用として広く県民に愛されています。

ハ、果実は1個40~60グラム、直径4~5センチで、果肉厚く種子が小さい。食用として酸味が少なく、梅干のほか菓子その他に加工して珍味です。しかし、豊後梅は他花受粉であり、かつ花粉が少ないので結実が乏しく生産量は少ないです。

ニ、枝条が太く、また、古木になると主幹の下部に様々の形をした瘤ができます。




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( 2月度の植物画 )

★ 熊本県のシンボル花「リンドウの花」を描く ★

熊本県のシンボル花=リンドウの花

( 画用紙 水彩 6号 410x318mm )>

写真は熊本県の「リンドウの花」です。


阿蘇の草原に紫色の可憐な花を咲かせるリンドウ。NHKが全国的に「郷土の花」を選定した際に選ばれました。県内各地の山野の草地に自生し、阿蘇高原では10月頃から咲き始めます。

リンドウの名前の由来
日本でりんどうと呼ばれるようになった理由は、中国で呼ばれていた名前「りゅうたん」が変化したものと考えられています。
りんどうは、漢字では「竜胆・龍胆」と書かれます。 これは、りんどうの中国での名称が「竜胆」であったことから付けられていると言われています。
中国の「竜胆」の読み方は「りゅうたん」で、平安時代までは日本での呼び方・表記は「りむたう・りんたう・りんだう」など、ばらつきがあったのだそう。 しかしその後、時と共に「りんどう」という名前になっていったと、言われています。




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