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☆ 心揺れ動く青春 ☆ 




1952年5月1日に、血のメーデー事件がありました。サンフランシスコ講和条約が発効した直後のメーデーで、 条約反対のデモ隊が使用不許可となっていた皇居前広場に入り、警官隊と衝突しました。 警察は催涙ガスを使用し、また武器を持たないデモ参加者に向けて銃を発砲したため、 その年のメーデーは流血の惨事となり、多くの死傷者が出ました。 憲法に保護された形の政治的表現を行使していたデモ参加者に対して、 警察が殺傷力のある武器を使用したのは、戦後日本で初めてのことでした。

血のメーデー事件が起きた時には、KK青年は実兄・長男YK兄が既に在籍している慶應義塾大学に入学していました。 当時は、朝鮮戦争の真只中にあり、社会不安が漂う時代でした。 KK青年は、東西冷戦時代の不確実な未来社会を、日本国の社会体制の行く末を案じていました。 そこで、大学のクラブ活動の社会科学研究会に属して、少壮の経済学者を チューターにして、近代日本資本主義経済史を研究し始めました。

1953年7月、朝鮮戦争の休戦協定が締結されました。

1953年9月、大学2年生の後半時に、肺結核に罹り、さらに結核性脈絡網膜炎を患いました。 眼結核で左眼の視力を失い、盲目の危機にさらされました。KK青年は自分の将来を悲観して自殺さえ考えました。 約1年半の療養中、父母・親戚・友人の援助を受けました。温かい援助の効があって、肉体的にも精神的にも、 健康を回復しました。

1954年、復学を考えていた時に、父から勉強をやり直して医師の道を選ぶよう幾度も言われました。 地方の私立医科大学の受験を勧められましたが、医師コースに挑戦することはしませんでした。 医師と言う職業は激務だという事でしたので、KK青年は健康を損ねた経験から、医師の道は 適当な職業とは思いませんでした。加えて、医師という職業は経済的には安定しているものの、 我が故郷・寒村での開業医は夢のない仕事だと思っていました。

1955年、病後における大学生活は、教室授業では興味の湧いた民法や国際関係論の講座に出席し聴講しました。 主として、三田山上にある大学図書館に通いました。数多の書籍・雑誌を通じて、国内外の新しい情報を求めました。 現代世界史の流れは、米国を中心としたものであり、世界一の大国である米国の政治・経済・社会に関心を持って研究しました。 KK青年は、学問分野における専門を「アメリカ近現代史」に決定づけました。

三田山上の学友たちと親交を深め、多くの幅広い友人をつくりました。彼らとの談論・交遊を通じて 新たなる自由と民主主義のもとで、厳しい社会でありながら、独立自尊の学風で、独立して生きる力を 自ら育成しました。

1956年12月、国連が日本国の加盟を承認しました。

1958年2月、大学の卒業論文の提出時期が来ました。
KK青年の卒業論文は、1920年のアメリカ合衆国のウォレン・ハーディング第29代大統領が施政した時代から、 1929年のウォール街の恐慌までの、1920年代の米国近代史を研究したものでした。





編集続行中





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★ 所属慶應三田会の面々 ★



























昭和時代の年表



1926年 昭和元年 昭和天皇 ・(12月25日)大正天皇崩御
・(12月25日)昭和に改元
1927年 昭和2年 ・(3月)昭和金融恐慌
・(3月)南京事件
・(12月)東京地下鉄道が開業する(上野~浅草間)
1928年 昭和3年
1929年 昭和4年 ・世界恐慌 →ニューヨークでの株式大暴落がきっかけ
1930年 昭和5年 ・ロンドン海軍軍縮会議が開かれる
1931年 昭和6年 ・満州事変→満州のほぼ全域を占領してしまう。
1932年 昭和7年 ・(3月)満州国を建国→日本が国際的に孤立するきっかけとなる
・(5月15日)五・一五事件→海軍の青年将校が犬養毅を暗殺。

1933年 昭和8年 ・(3月)国際連盟脱退→国際連盟リットン調査団の報告書で満州国を中国に返還。
1934年 昭和9年
1935年 昭和10年 ・天皇機関説事件
1936年 昭和11年 ・(2月26日)二・二六事件→陸軍の青年将校が要人を襲撃。
1937年 昭和12年 ・(7月7日)盧溝橋事件
・日中戦争(~1945年)
1938年 昭和13年 ・(4月)国家総動員法が制定
                →戦争目的なら国家が人的物的財産を自由にできるというとんでもない法律。
1939年 昭和14年 ・(9月1日)第二次世界大戦開戦
1940年 昭和15年 ・(9月)日独伊の三国同盟が成立

1941年 昭和16年 ・(4月)日ソ中立条約締結
・(12月8日)真珠湾攻撃→太平洋戦争開戦
1942年 昭和17年 ・(6月5日~7日)ミッドウェー海戦→日本側大打撃
1943年 昭和18年 ・イタリアが連合国に降伏
1944年 昭和19年 ・[12/7]昭和東南海地震(M7.9)発生
1945年 昭和20年 ・(3月10日)東京大空襲
・(4月)アメリカ軍が沖縄に上陸
・(5月)ドイツが連合国に降伏
・(7月)ポツダム宣言→連合国側が日本に降伏を勧告する宣言
・(8月6日)広島に原爆投下
・(8月8日)ソ連が対日宣戦を布告
・(8月9日)長崎に原爆投下
・(8月15日)ポツダム宣言受諾
・(8月15日)太平洋戦争終結
・(9月2日)第二次世界大戦終結
・選挙法改正→20歳以上の男女に選挙権
・労働組合法制定
・国際連合設置

1946年 昭和21年 ・(1月)昭和天皇(現御神=アキツミカミ)が人間宣言
・(11月3日)日本国憲法公布(施行は1947年5月3日)
・[12/21]昭和南海地震(M8.0)発生
1947年 昭和22年 ・(3月)教育基本法制定
・(4月)労働基準法制定
(5月3日)日本国憲法施行
1948年 昭和23年
1949年 昭和24年
1950年 昭和25年 ・(6月25日)朝鮮戦争勃発(1953年7月27日休戦)
1951年 昭和26年 ・(9月8日)サンフランシスコ平和条約締結→連合国による占領が終結、日本は主権回復
・(9月8日)日米安全保障条約締結

1952年 昭和27年 ・(5月1日)皇居前で 血のメーデー事件が発生
1953年 昭和28年 ・(2月)NHKが放送を開始する(テレビ)
・(12月)奄美群島がアメリカから返還される
1954年 昭和29年 ・自衛隊設置
1955年 昭和30年 ・イタイイタイ病発生
1956年 昭和31年 ・(10月)日ソ共同宣言を発効 →日ソ国交回復
・(12月)国際連合に加盟する
・水俣病発生
1957年 昭和32年 ・(3月)関門トンネル開通
1958年 昭和33年 ・(12月)東京タワー完成

1959年 昭和34年 ・安保闘争
1960年 昭和35年 ・四日市ぜんそく発生
・(1月)日米新安全保障条約
・(9月)カラーテレビ放送開始
・ベトナム戦争(~1975)
1961年 昭和36年

1962年 昭和37年 ・(10月)キューバ危機
1963年 昭和38年 ・部分的核実験停止条約
1964年 昭和39年 ・第二水俣病発生(新潟県)
・(10月1日)東海道新幹線開業
・(10月10日)東京オリンピック開催
1965年 昭和40年 ・日韓基本条約締結
1966年 昭和41年
1967年 昭和42年

1968年 昭和43年 ・(4月)東名高速道路開業
・(6月)小笠原諸島がアメリカから返還される
1969年 昭和44年 ・(1月)東大安田講堂事件
・(7月)アポロ11号が人類初月面着陸
1970年 昭和45年 ・(2月)日本初人工衛星「おおすみ」打ち上げ
・(3月)よど号ハイジャック事件
・(3月)日本万国博覧会(大阪万博)開催(3/14~9/13の183日間)
1971年 昭和46年

1972年 昭和47年 ・(2月)札幌オリンピック開催
・(2月)あさま山荘事件
・(5月15日)沖縄がアメリカから返還される
・(9月)日中共同声明により中国と国交を回復(田中角栄首相)
1973年 昭和48年 ・第一次オイルショック→第四次中東戦争が発端
・(3月)変動相場制に移行
1974年 昭和49年
1975年 昭和50年 ・(5月)沖縄海洋博開催(~1976)

1976年 昭和51年 ・(2月)ロッキード事件
1977年 昭和52年
1978年 昭和53年 ・第二次オイルショック
・(5月)成田空港開港
・(8月)日中平和友好条約を締結
1979年 昭和54年 ・(3月)スリーマイル島原発事故(アメリカ)

1980年 昭和55年
1981年 昭和56年
1982年 昭和57年
1983年 昭和58年 ・(4月)東京ディズニーランド開園
・(7月)ファミリーコンピューター発売
1984年 昭和59年
1985年 昭和60年 ・(3月)筑波万博開催(~9月)
・(8月12日)日本航空123便墜落事故 →史上最大の航空機事故
1986年 昭和61年 ・(4月)チェルノブイリ原発事故(ソ連)

1987年 昭和62年
1988年 昭和63年 ・リクルート事件(政財界の贈収賄事件)
・(3月)青函トンネル開通
・(4月)瀬戸大橋開通
1989年 昭和64年 ・[1月7日] 昭和天皇崩御
・[1月8日] 平成に改元






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