~ 一期一会を超えて ~

私は、過ぎ去りし日々に、素晴らしい先輩・友人達に恵まれました。
そして、多くの先輩・友人や仲間に、たいへんお世話になりました。
現今の私を支えてくれた人々に、感謝、感謝で、いっぱいです。



☆☆☆ 追憶 ☆☆☆
かって、親しい先輩・友人との交流が眼に浮かびます。

☆☆ 惜別 ☆☆
今や、先輩・友人の多数が天国に召されています。

☆ 存命 ☆
今や、私は齢八十八歳を迎えています。




< 生まれ故郷の人々との交流 >












雨ニモマケズ
作者:宮沢賢治
1931年作

  雨にも負けず 風にも負けず
  雪にも夏の暑さにも負けない
  丈夫な体を持ち
  欲はなく 決して怒らず
  いつも静かに笑っている
  1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ
  あらゆることを自分を勘定に入れず
  よく見聞きし 分かり そして忘れない
  野原の林の下のかげの
  小さなかやぶきの小屋にいて
  東に病気の子供がいれば
  行って看病してやり
  西に疲れた母がいれば
  行ってその稲の束を背負い
  南に死にそうな人がいれば
  行って怖がらなくてもよいと言い
  北に喧嘩や訴訟があれば
  つまらないからやめろと言い
  日照りのときは涙を流し
  寒さの夏はおろおろ歩き
  皆にデクノボーと呼ばれ
  ほめられもせず 苦にもされず
  そういうものに 私はなりたい







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< 大学時代の学友達との交流 >












学問のすすめ

福沢諭吉が著した明治初期のもっとも有名な啓蒙書。

初編は1872年(明治5)刊行されたが、 非常な評判をとったのでシリーズ化し、76年刊の第17編まで続いた。 発行部数あわせて340万といわれ、当時のベストセラー。

初編冒頭の人間平等宣言、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」はあまりに有名だが、 福沢はこの書によって封建卑屈の精神を批判し、「一身独立して一国独立する」ことを教え、 そのために「人間普通日用に近き実学」を西洋から学ぶべきだと説いた。

日本における近代的、合理主義的な人間観、社会観、学問観の出発を示す書である。

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「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。 されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、 生まれながら貴賤きせん上下の差別なく、 万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、 もって衣食住の用を達し、自由自在、 互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。 (『学問のすすめ』より引用)








☆ あのグローバル・マークが消えた ☆



半世紀続いたガソリンスタンドのブランド 「ESSO」が姿を消し、
2019年には、「ENEOS」ブランドに切替えられた姿になりました。
なお「ESSO」は、私が永年勤務したエネルギー産業の会社でした。









< エッソ石油会社の職場で共に働いていた人達 >












※ 雑記帳
心の旅~表現の世界





諸行無常
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諸行無常は、仏教用語で、この世の現実存在(森羅万象)はすべて、 すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。
「諸行」とは因縁によって起こるこの世の現象を指し、「無常」とは一切は常に変化し、不変のものはないという意味。




< 浄土真宗のお坊さんの解説 >
「諸行無常」というのは、諸行は無常なり、ということで、『涅槃経』のお言葉です。 「諸行」はこの世のものすべてのことで、「無常」とは、常がない、続かないということです。
この世の一切は続かない、すべて移り変わって行く、ということです。
この諸行無常が非常に有名なのは、『平家物語』の最初に記されていて、誰しも学校で習ったり、暗記させられたりするからでしょう。 『平家物語』にはこうあります。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり(平家物語)

「祇園精舎」というのは、お釈迦さまの時代の代表的なお寺です。
たくさんのお弟子が集まってお釈迦さまの教えにしたがって修行していました。 そこでお弟子が亡くなると、祇園精舎の中の「無常堂」というところの鐘が鳴らされます。 それが、祇園精舎の鐘の声です。
祇園精舎の鐘がなると、「今日も誰かが亡くなったのか」とみんな分かりますので、 一切は続かないという諸行無常を改めて痛切に知らされるというのが、 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」 ということです。 <







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