吉川和夫は、傘寿を過ぎてから
 無職無頼の悠遊放浪画人になりました。

 空を行く雲、川を流れる水の如く旅をし、
 自分流の絵を沢山に描き続けています。

 身体は老化していますが、心は青春です。
 お陰様で、折角生かされているのですから、
 わが夢を追い続けて、自由奔放に生きております。








☆ 転機/転身=独立独歩 ☆ 



ある日、ふと気が付いて見たら、
自分自身の個性的存在・アイデンティティが意識の外にありました。
私は、マーケティングにおける利潤追求集団の全人格的労働人間になっていました。 永年勤務・従属していた企業では、 利益最優先の販売組織の一員として、 会社の営業方針に従って、 ノルマ達成に、ひたすら邁進・努力しました。 業績・結果を求められる労働・仕事の苦難と闘いながら、 顧客との接点にある最前線の職場で忍耐を重ねて猛烈に勤労しました。

定年退職前に再就職の話がありました。
ある関連企業からの営業部長職の 勧誘がありました。しかし、熟慮の末に、再就職のお話をお断りしました。 定年退職は、私にとって、まさに、待ちに待った祝賀でした。大学を卒業してから 定年退職までの三十数年間に亘り、 社会のため、家族のため、幾多の苦難や障害物を乗り越えて、 日夜、一生懸命に働いたという満足感がありました。

わが身に「転機/転身=独立独歩」が訪れました。
定年退職によって、営利会社の職場から離れ、企業の損得勘定に束縛される事もなくなりました。 組織内における他者の恣意的眼差しや競争相手の作為的噂話から解放されました。 そして、販売現場の修羅場から脱却する事が出来ました。 理不尽や不条理の過去体験部分を忘却の彼方に追いやりました。 そこで、新しく獲得した自由な時間と今迄にない異世界の空間で、 現住所の社会生活における他者との折り合いをつけながら、 自分の人生を楽しむ事の豊かさを享受しました。

限りなき探求心を持って、青春時代の自分に回帰しました。
英・独・仏・西などの外国語の習得に努めました。 そこで、旅の必要性は、普遍的なものであると考えていましたので、 自己存在の証明探しのために、敢えて言えば「自分探しの旅」に、 自分の道を探す「求道の旅」を始めました。 長期間、一人で、世界の国々や 日本全国の町々を歴訪する旅に出かけました。

私に美意識が萌芽し、物の見方が変化しました。
大自然の美しさ、人間の美しさ、造形物の美しさ等に対する表現を模索するために、 歴史的文化遺産、大自然の景観など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を 持つものに好奇心を覚えました。 もっぱら、美術・アートに興味と関心を寄せて、 世界各地の美術館や博物館を巡りながら、独りバックパッカー放浪の旅を重ねました。

時空を超える思考のもと、気の向くままに旅をしました。
足の向くままに、海外諸国放浪の旅や日本列島放浪の旅を楽しみました。 自由気儘な放浪の旅で出会った美しい風景に感動し、それを絵画表現する楽しみを得ました。 そして、航空機、船舶、鉄道列車、移動バス、宿泊所などで、 偶然に出会った見知らぬ人々から、 様々な情報を入手し、時には冗談を交わし、世間話をして、放浪の旅を続けました。 そして、旅で出会った人々を絵描きして楽しみました。



1998/12/30







 ☆ 旅そのものが人生か ☆ 



私の海外旅行の期間には、
1~2週間の団体旅行、2~3週間の夫婦旅行、
1~2ヶ月間のグループ旅行、そして、
約3~5ヶ月間に及ぶ一人旅もあります。

私の海外旅行の目的は、美術を学ぶ旅です。
美に対する感性を磨く旅です。
旅先の社会や文化の歴史を学ぶ旅です。
世界の人々と交流する旅です。
自分の人生を考える旅です。
畢竟するに、自分探しの旅です。

美術を探究する旅は、一人旅が最適です。
独り旅は、自由で気儘なものとは言え 孤独に加えて、 緊張と興奮に満ちた旅です。私の一人旅はバックパッカーの旅です。 それほど大きくない容積35リットルのリュックを背負って行きます。 そして、リュックの重量は、大体、6~8kgですが、両肩への加重を軽くするために、 旅行案内書は持参せず、1冊の地図を頼りに歩きます。 パステルペンやスケッチブックを携行します。不足のものは、現地調達します。

なお、身の安全のために、夜間の外出と飲酒を避けています。 宿泊先は、特に定めず行き当りばったりのホテルを利用しています。 そして、訪問先の地域で通じる言語の修得に出来るだけ努めています。

旅のコースは、予め計画し訪問先の情報を手帳に要約メモして置きます。 詳細な旅先情報は、現地の観光案内所や宿泊先で手に入れます。 それから、航空機、列車、バス、船、宿泊先などで知り合った友達などの話にも、 貴重な情報があります。

私が訪れた町の数は、数えきれず、延べ数で凡そ700箇所を超える ものです。 また、200箇所を超えるユネスコ世界遺産を訪問しています。 特に、欧州の主要都市、ロンドン、パリ、ベルリンの街には、幾度も、訪問しています。 欧州には古い栄光の歴史があり、素晴らしい文化遺産があります。 欧州の古城、城塞、寺院、宮殿、邸宅、街路などは、私にとって、楽しくなる絵画の題材です。

又、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、オセアニアには、雄大な自然風景があります。 その自然風景は神秘的で深い感動を覚え、大自然との出会いを絵に描いています。 米国の美術館には、世界の有名絵画が展示されていました。 ニューヨークには、世界から若い芸術家が集まっていました。 そこには、新しい現代美術・モダンアートの流れがありました。 アメリカで、美術の勉強をしたい夢が湧いたほどでした。

アジア諸国には、日本文化のルーツの一端さえも発見する事が出来ます。 そして、”大東亜”各地で働く日本人の活躍ぶりに目を見張ります。 かって、太平洋戦争で大日本帝国がアジア各地を占領していたので、 日本人の私にとって、日本侵略地アジア州の旅は、強い贖罪の旅みたいなものです。

私の旅は、美術の研鑽に主力を置いていますので、 その国の主要な美術館には、 必ず、訪問することにしています。 宮殿や寺院の美術館、有名画家の美術館、 街の美術画廊にも、積極的に足を運んでいます。美術館では、 有名な美術作品を模写することもします。 又、模写に励む画学生との会話も勉強になります。 街では、偶然、無名の画家に出会い美術談義をした事もあります。 欧州の古城で、ニューヨークで活躍中の日本人画家に出会い、 旅での絵描きテクニックについて教えて頂きました。

私は好奇心が旺盛です。私は此れからも旅を続けて、 様々な風景画を描きます。そして、色々な人との出会いと交流を楽しみ、 人間の姿や感情、又、「愛と性」を絵の中で表現する事にも、 意欲的に取り組んで行きたいと思います。 加えて、動植物については、慈しみの心を込めて描くつもりです。


(2008年10月14日、同窓会での講演要旨)







※ (トップページに戻る )






   < 日本列島各地への旅行/居住記録 >

  北海道地方 10回旅行
  東北地方  約3年間居住
  関東地方  約55年間超居住
  中部地方  100回超旅行し数えきれない
  近畿地方  約8年間居住
  中国地方  約20年間居住
  四国地方  3回旅行
  九州地方  6回旅行
  沖縄地方  5回旅行






     < 海外諸国リピーター旅行記録 >


 11回の訪問国は、アメリカ合衆国。
 10回の訪問国は、ドイツ。
  9回の訪問国は、イギリス、フランス。
  7回の訪問国は、イタリア。
  5回の訪問国は、ヴァチカン、オーストリア、オランダ、カナダ。
  4回の訪問国は、ベルギー、スイス。
  3回の訪問国は、スペイン、スウェーデン、デンマーク、ポーランド、フィジー、ロシア、中国。
  2回の訪問国は、韓国、台湾、タイ、ベトナム、トルコ、ドバイ、ウズベキスタン、ノルウェー、
    フィンランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、ギリシャ、モナコ、
    ルクセンブルグ、リヒテンシュタイン、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ケニア、
    南アフリカ、オーストラリア、メキシコなどの諸国。





※ 自問不答心自迷


※ 夢と希望を持って

 

※ プロフィール








※ (トップページに戻る )





inserted by FC2 system